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花森弘卓硫酸入手方法「ブラックな生い立ちが恨みの種」白金高輪硫酸アタック

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東京メトロ白金高輪駅で22歳男性に硫酸をかけて重傷を負わせたとして、静岡大学生の花森弘卓が逮捕されました。

花森弘卓の読み方は、はなもりひろたかです。

指名手配された時、花森弘卓は職業不詳とされていましたが、静岡大学の現役大学生でした。

この記事では花森弘卓がどのようにして硫酸を入手したのか、硫酸アタックの背景にある花森弘卓の生い立ちなどについて記載していきます。

花森弘卓のSNSや家族・自宅については花森弘卓Facebook画像「恨みによる硫酸攻撃」白金高輪駅硫酸事件をご覧ください。

花森弘卓硫酸入手方法

花森弘卓は静岡大学農学部生で硫酸やクロロホルムと言った薬剤は簡単に入手できる環境にありました。

静岡大学には硫酸を含む危険薬物を一括管理する薬品庫があり、農学部の学生も利用可能ですので、花森弘卓は容易に硫酸を手に入れることが出来ました。 。

花森ひろたかは学校から窃盗した疑いがありますが、大学の在庫管理情報から、大学から持ち出した可能性は低いとされています。

確実な情報が入り次第追記します。

花森弘卓生い立ち

ここ数年で相次いで両親を亡くし、最近は友人との付き合いもなく孤独でした。

花森と言う苗字はとても珍しく静岡県におよそ40人、花森弘卓の自宅のある静岡市葵区には約20人しかいません。

「父方の一族は静岡市内で古くから商売を営んでいたとあって、裕福な家でしたよ。お父さんは静岡駅前で整体院を開いており、腕が良いと評判でした。お母さんは中国人で、東京の病院に通う勤務医。お母さんがいつも家を空けているので、一人っ子だった弘卓くんは、朝いつもお父さんと一緒に整体院に向かい、日中はそこを自宅代わりにして学校に通っていました。そのせいか、家の近所にはあまり友達がいなかったような気がします」

花森弘卓の近隣住民の声

全国にも少ない花森家は静岡市内で古くから商売を営んでおり裕福な一族でした。

花森弘卓の父親は静岡駅前で腕が良いと評判の整体院を開いていたので、余裕のある生活をしていました。

花森弘卓の母親は中国人で静岡から東京の病院に通う勤務医でした。

お金はあるものの、家で一人で過ごすことの多かった花森弘卓は幼少期から孤独を内に秘めていました。

花森弘卓は父親と一緒に出勤し、仕事場の整体院から学校へ通う日々でしたが、高校生の時に父親が亡くなりました。

花森弘卓の母親は勤務先を東京から静岡に移し、2人暮らしを始めました。

花森弘卓は琉球大学農学部に進学し、母子ともに一人暮らしになりましたが、花森ひろたかが大学2年生ぐらいの時に母親が亡くなりました。

花森弘卓の叔父が後見人として花森弘卓の面倒を見てくれることになりましたが、花森弘卓は沖縄での生活に見切りをつけて静岡大学に編入し静岡に戻ってきました。

花森弘卓に硫酸を掛けられた被害者は琉球大学で同じサークル英語研究会の後輩でしたから、この時にはすでに恨みを持っていたと思われます。

静岡大学では理学部に所属し犯行のチャンスを狙っていたに違いありません。

両親が相次いで他界し生涯孤独となってしまった辛さが、被害者男性とのトラブルを加速させてしまったのかもしれません。

硫酸をかけることはもちろん傷害罪でダメなことではありますが、被害者に何をされたかが気になるところです。

やったことには変わりありませんが、花森弘卓が今は話したくないと言う動機によっては、世間的な罪の重さが変わってくるかもしれません。

花森弘卓経歴

  • 静岡市 常葉(とこは)大学附属橘高校
  • 2016年 沖縄県 琉球大学農学部入学
     琉球大学 演劇などのサークルに所属
  • 琉球大学4年で中退
     映画研究部(サークル)で被害者男性と出会う
  • 2020年 静岡大学農学部編入
     生物資源科学科の学生として昆虫や微生物などに関する研究

花森弘卓に硫酸をかけられた被害男性は恨みを買うような思い当たることはないと言っていますが、罪を犯し、警察に捕まる恐れがあるのに静岡から東京まで硫酸を掛けにわざわざ行くと言うことは、それなりの恨みがあったに違いありません。

だからと言って硫酸をかけたり傷害を与えてよいわけでは決してありませんが、被害男性が気づかないうちに花森弘卓を傷つけてしまった可能性も大いにあるのです。

花森弘卓スナガワ偽名を名乗る

8月24日に犯行に及んだ花森弘卓は品川駅から新幹線で静岡の自宅に戻り、翌日25日の13時ごろ沖縄に向かいました。

琉球大学時代の友人宅に3泊し、28日10時ごろ公園のベンチにいるところを職務質問された花森弘卓は「スナガワです。」と偽名を名乗っていました。

何で田中とか山田じゃなくて砂川?と思った人も多いでしょうが、沖縄では多い苗字なんです。

沖縄に馴染みのある花森弘卓だからこそ口から咄嗟に出た名前だったのでしょう。

逃げきれないと観念した花森弘卓は最終的に「花森です。」と認め、大人しく任意同行しました。

身柄確保時、花森弘卓は逃亡用と思われる現金50万円を封筒に入れて所持していました。

28日20時ごろ沖縄で身柄確保された花森ひろたかは羽田空港に到着しました。

この時に硫酸の入手方法を尋ねられましたが、終始無言で通り過ぎました。

花森弘卓の知人は「突然訪ねてきて泊めてくれと言われた。指名手配の事は知らなかった」と話しています。

まさか自宅に泊めた友人が指名手配されているなんて思いもよらない出来事だったでしょう。

花森弘卓硫酸で火傷

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